この記事で取り上げるトピック:
- 空間コーディング
- リレンダリング
- ステムでの作業
- ドルビーアトモスでのラウドネス測定
- ドルビーアトモスのマスターフォーマット
- 配信仕様
はじめに
作業に入る前に、ドルビーアトモスの主要コンセプトと、ドルビーアトモスがどのように消費者に提供されるかを理解しておくことが重要です。
ドルビーアトモス「Renderer」
ドルビーアトモスのレンダラー「Renderer」は、最大128トラックのオーディオを記録することができます。最初の10トラックはベッドオーディオ用に確保され、残りの118はオブジェクトオーディオ用に使用したり、ベッド用に追加使用したりすることができます。
ドルビーアトモスをストリーミングサービスやBlu-Rayで消費者の再生機器に配信する前に、オリジナルミックスの芸術的意図を維持し、没入感のあるオーディオ体験を提供しながら、アトモスのマスターデータ全体のデータレート、ファイルサイズ、複雑さを軽減するため、空間コーディングや配信コーデックの使用(付録で説明)という追加プロセスを行います
空間コーディング
空間コーディングにより、ドルビーアトモスのフルプレゼンテーションをより小さなデータセットに伝送します。
空間コーディングはアトモスのプレゼンテーションデータを縮小:
- 元データ: 最大128トラック(およびOAMD)、最大118オブジェクト
- 縮小後: 12/14/16エレメントおよびOAMD
空間コーディングとは、ラウドネスと位置のアルゴリズムを用いて、ベッドやオブジェクトから近くのオーディオを、それぞれのOAMDを含む「エレメント」(別名「クラスター」)に動的にグループ化するプロセスです。エレメント自体は時間とともに移動し、ベッドやオブジェクトのオーディオはエレメント間を移動して、その位置や軌跡をより正確に反映させることができます。以下は、空間コーディングのプロセスを図示したものです。
ドルビーアトモスのプレゼンテーションには最大128のトラックが含まれることがありますが、すべてのトラックが同時にアクティブになることはほとんどありません。複雑で熱狂的なミックスであっても、空間コーディング処理により生成された動的なエレメントが、没入感のある音場を再現するため、OARに空間分解能を提供します。リファレンスミックスのスピーカー構成が7.1.4で、一般的なホームシアターのスピーカー構成が9.1.6以降であれば、ほとんどのコンテンツで空間コーディング処理が透過的に実行されます。
空間コーディングのエミュレーション
空間コーディング処理は、ミキシングよりも下流のエンコーディング処理の一部として行われます。空間コーディングは透過的に実行されることがほとんどですが、コンテンツによっては、使用されているエレメントの数によっては聞こえる場合があります。
空間コーディングのエミュレーションはドルビーアトモス「Renderer」の1機能で、ミキサーはエンコード処理の前に、空間コーディングのサウンドを試聴することができます。空間コーディングはドルビーアトモスを家庭に届けるための一部であるため、ミキサーがその結果に満足し、必要に応じてミックスを調整することが重要です。ミックスを1つにまとめたら、空間コーディングのエミュレーションをオンにしてください。
空間コーディングは12/14/16のエレメントでエミュレートできます。コーデックやビットレートによって収録可能なエレメント数が異なりますので、最終的な配信方法を理解した上で、適切なモニタリングを行うことが重要です。ほとんどのドルビーアトモスのミュージックストリーミングサービスでは、16エレメントを使用してエンコードされています。消費者へのドルビーアトモスの配信に使用されるドルビーコーデックの詳細については、「付録A」を参照してください。
空間コーディングはバイノーラルレンダリングでは行われません。
リレンダリング
ドルビーアトモス「Renderer」は、ドルビーアトモスのマスターファイルセットの収録とほかのマスタリングフォーマットへのエクスポートに加えて、チャンネルベースの成果物の出力にも使用できます。このような「リレンダリング」はOARにより生成されます。リレンダリングは、DAWへの録音用にリアルタイムで出力(特定のハードウェアへの出力をアサイン)することも、オフラインでエクスポートすることもできます。
リレンダリングは、ステレオから9.1.6までの幅がある上、 Ambisonic フォーマットもあります。ドルビーアトモスでの音楽制作では、ステレオのリレンダリングのみが使用されます。リレンダリングには、フルミックスが含まれることもあれば、カスタマイズされた入力グループからステムを作成することもあります。
ステムでの作業
ドルビーアトモス「Renderer」の最初の10入力はベッド入力用に確保されています。ベッドオーディオは、ステレオから7.1.2までの幅があります。Rendererの残りの118入力は、ベッドオーディオまたはオブジェクトオーディオのいずれかに使用できます。
DAWでは、ミキサーは似たようなオーディオをまとめてステムにすることがよくあります。音楽制作の場合、ステムには、ドラム、ギター、キーボード、ボーカルなどの楽器のほか、リバーブリターン、ディレイリターン、LFOなどのマルチチャンネルミックスエレメントが含まれます。ミキサーは、DAWに応じて各ステムに複数(1つまたはそれ以上)のベッドトラックを使用することができます。
ベッドトラックを合計または組み合わせて1つのコンポジットベッドを制作し、DAWから出力してRendererの1~10入力に送り、残りのRenderer入力をオブジェクトオーディオに使用することができます。ドルビーアトモスの音楽制作では、ベッドはリバーブリターン、ディレイリターン、LFEのためだけに使用され、その他のステムはオーディオオブジェクトとして作成、グループ化されることがよくあります。
これにより、必要に応じて、これらのステムから作成された、LFE、リバーブ、ディレイのリターンを組み合わせた個別ステレオのリレンダリングを、ステレオマスタリング用に提供することができます。
ベッドオーディオがほかのステムで必要な場合、これらのベッドを作成することはできますが、オブジェクトオーディオで使用できる入力数が減ります。
マルチベッドのワークフローに関する詳細な説明は、 セルフガイドで学ぶポストプロダクションオンライントレーニングをご覧ください。
ドルビーアトモスでのラウドネス測定
ラウドネス測定は、ドルビーアトモスのフルミックスではなく、5.1のリレンダリング上で行われます。これには2つの理由があります。1つ目の理由は、ドルビーアトモスのプレゼンテーション全体のラウドネスを測定する効果的な方法がないことです。2つ目の理由は、より重要なことですが、この方法によって、ドルビーアトモスコンテンツと、ドルビーアトモスでミックスされていない、あるいはプレゼンテーションに含まれていないコンテンツとの間でのラウドネスの連続性が確保されることです。
ラウドネス測定は、ドルビーアトモス「Renderer」に組み込まれたリアルタイムおよびオフラインのラウドネス測定機能から実行することができます。また、ラウドネスアプリやDAWプラグインで5.1リレンダーを生成し、測定することも可能です。
配信仕様は様々ですが、ドルビーアトモスミュージックでは、ミックスが-18LKFSを超えないようにします。
5.1では、ドルビーアトモスで作業する際には、トゥルーピークリミットは一般的に、配信要件で指定されています。
ドルビーアトモスのコンテンツでは、DAWセッションで制限機能を使用した場合でも、トゥルーピーク(dBTP)の目標値を達成するのが困難で、5.1へのレンダリングには複雑なサミングが必要になります。さらに、トゥルーピーク測定は本質的に補間的であり、サンプル間のピークが予測されることになります。
トゥルーピーク測定の性質上、仕様は絶対値ではなく、推奨目標値と考えてください。dBTPの測定値が-2dBTPを目標とし、-.1dBTPを超えない限り、エンコーディング処理で使用されるリミッターは、可聴クリップを防ぐのに十分です。
ステレオのリレンダリングでトゥルーピークリミットを満たす必要がある場合は、DAWの追加処理ステップとしてリレンダリングを制限する必要があります。
ドルビーアトモス「Renderer」のラウドネス測定ツールには、エンコーディング処理を模倣したソフトクリップリミッターが搭載されています。外部のラウドネス測定アプリケーションやプラグインを使用する場合は、このリミッターが適用された「ラウドネス」5.1リレンダーを使用すると、一貫した測定が可能です。
ラウドネスの測定は、エンコーディング処理の際にも行われ、ビットストリームにdialnorm(ダイアログ・ノーマライゼーションの略)というメタデータを書き込むために使用されます。これは、異なるコンテンツ間での再生時に音量にブレが起きないようにするためのものです。ダイアログという言葉を使っていますが、 dialnorm コンセプトが音楽にも適用されます。
なお、バイノーラルのラウドネスは、5.1リレンダリングとは別に測定されます。
ドルビーアトモスのマスターフォーマット
ドルビーアトモス「Renderer」は、ベッドオーディオとオブジェクトオーディオ、合わせて最大で128入力、OAMDのほか、バイノーラル、ダウンミックス、トリムメタデータ、および入力・リレンダリングの構成を記録します。これらのメタデータの種類については、今後のモジュールや付録で説明します。
これらはドルビーアトモスマスターファイルセット(DAMF)に記録されます。これはドルビーアトモス「Renderer」に固有のフォーマットで、次の3つのファイルで構成されるセットとして記録されます:
- .atmos — ドルビーアトモスのプレゼンテーションに関する情報と、ファイルセット内のほかのファイルに関するインデックス情報を含むXMLファイル。.atmosファイルには、ベッドまたはオブジェクトで使用された入力数、フレームレート、ファイルの開始データ、アクションの最初のフレーム、空間コーディングに使用されたエレメント数、ダウンミックス、およびトリムのメタデータが含まれています。
- .atmos.metadata — 各オブジェクトの動的な位置とサイズのOAMDと、バイノーラルメタデータの設定を含むXMLファイル。
- .atmos.audio — 最大128トラックのインターリーブされたコアオーディオフォーマット(CAF)ファイル。
.atmosと.atmos.metadataのファイルは、テキストエディタで開いて確認することができます。ただし、ファイルセットが破損する可能性があるため、これらのファイルを直接編集することはお勧めしません。
新しいマスターファイルは常にDAMFとして記録されますが、配信、エンコード、マスタリング、または追加編集では、これとは異なる、次の2つのフォーマットが使用されます:
- ADM BWF — Audio Description Model Broadcast Wavフォーマット(ADM BWF)は、ドルビーアトモスのマスターフォーマットの代替フォーマットです。ADM BWF(別名ADM BWAV)では、.atmosや.atmos.metadataファイルに含まれるほかのすべての情報は、wavファイルのヘッダー内のデータチャンクに含まれます。オーディオペイロード自体は、インターリーブされた最大128トラックのオーディオです。ADMには下記のようないくつもの利点があります。
- ADM BWFは、3つのファイルをフォルダに入れるのではなく、1つのファイルにすることで、ほかの設備との交換を容易にしています。
- ADM BWFは一部のDAWにインポートできます。これにより、すべてのベッドとオブジェクトのオーディオトラックが、すべてのパンメタデータとともに再現され、リマスタリング作業の前の編集が可能になります。
- ADM BWFは、ドルビートゥルーHD、ドルビーデジタルプラスJOC、ドルビーAC-4 IMSにエンコードすることができ、マスタリングエンジニア、ストリーミングオペレーター、Blu-rayオーサリングへの主要成果物となります。
- IMF.IAB – イマーシブオーディオビットストリーム(IAB)は、IMF(インターオペラビリティマスタリングフォーマット)のメザニンフォーマットです。IABは、OAMDが量子化されているため、マスターフォーマットではなく、メザニンフォーマットと考えられています。 IAB.mxf はサードパーティのIMFパッケージングツールがドルビーアトモスとビデオ(ドルビービジョンを含む)の両方の配信コンテナを作成するために使用されます。IMF IABはドルビーアトモスミュージックには使用されません。
ドルビーアトモス「Renderer」は、.atmosフォーマットのみでネイティブに記録しますが、ADM BWFやIAB.MXFへの変換やエクスポートが可能です。ファイル全体をエクスポートすることも、基本的なトップ/テール(範囲指定)編集を行うこともできます。
ドルビーアトモス「Renderer」は、ADM BWFおよびIAB.MXFファイルをマスターファイルとして開き、再生、品質管理、基本的なトップ/テール編集、変換(2つのフォーマット間)、再出力を行うこともできます。ただし、こうして開いたADM BWFおよびIAB.MJFにはいくつかの制限があります。たとえば、ADM BWFおよびIAB.MXFではパンチインやその他のメタデータの編集ができません。また、ADM BWFおよびIAB.MXFから.atmosへの変換も許可されていません。
ドルビーアトモスの変換ツール(DACT)は、ドルビーアトモス「Renderer」の付属アプリケーションで、ADM BWFやIAB.MXFから.atmosへの変換、フォーマットやフレームレートの変換、マスターファイルへの複雑な編集作業を行うために必要となります。ドルビーアトモスの変換ツール(DACT)は無料ユーティリティです。
技術的配信仕様
ストリーミングサービスで求められる成果物は、技術配信仕様書に明記されています。これらは、ラウドネスやピークターゲット、マスターファイルやチャンネルベース成果物の数やフォーマット、命名規則などが異なっています。中には、アーカイブ用にADM BWFと一緒にPro Toolsのセッションを求める仕様もあります。効率的なワークフローを実現するためには、必要な成果物を把握することが不可欠です。